東野先生

筑波大学人文社会系教授
バーミンガム大学大学院でPh. D(政治学)を取得
ヨーロッパの国際関係について研究


イントロ

加藤:それでは東野先生、今日はよろしくおねがいします。
早速にはなりますが、先生の名前・所属・研究内容について簡単に教えてください。
東野:筑波大学人文社会系の東野篤子です。EUについての研究をしております。EUの研究は主に2つに分類され、1つは制度的な関係について比較政治の観点から、2つ目はEUの対外関係について国際関係の視点からする研究です。私は後者の研究で、とくにEUの近隣諸国外交を20年ほど研究しています。それ以外ですと、直近5・6年は、EUと中国と台湾を含むアジアの関係ですね。ただ最近は、やはり否応無しにウクライナ戦争そのものを分析するようになりました。

博士課程のテーマと現在の研究とのつながり

加藤:先生のウクライナ研究について、お伺いします。現在の研究は先生にとって昔から関心があったことなのでしょうか?
東野:EUを中・東欧諸国の一部に対して拡大する決定は2002年12月に行われたのですが、その時点で、モルドバやウクライナ、ベラルーシなどの旧ソ連諸国がEUと国境を接することになることが確定したのです。欧州での近隣諸国政策としてウクライナとの関係構築が、EUにとっての重要テーマとなりました。
加藤:この時点でEUについて考えるうえで、ウクライナは視野に必ず入れる必要がある存在だったんですね。
東野:はい、EUの国際関係、近隣諸国政策を見ていくなら、EU・ウクライナ関係の分析はいわば必修科目だと思います。近隣諸国政策が本格的に始まった2003~2004年あたりから、たとえば旧ユーゴ諸国やトルコとの拡大プロセスの分析と並行して、ウクライナの動向やEU・ウクライナ関係を見てきました。
東野:EUとウクライナの関係がもっとずっとスムーズなものだったらここまで観測し続けることではなかったとは思うのですが、一筋縄ではいかない関係だったんです。
加藤:どういった理由から一筋縄ではいかなかったのでしょうか?
東野:ウクライナはウクライナで、組織犯罪や汚職など、多くの問題を抱えている国でした。このため、EUはいかにウクライナの問題をEUに流入させないかに心を砕いていたんです。欧州近隣諸国の開始当初、EUの感覚としてはトラブル対処に近かったと思います。EUは冷戦崩壊以降、中・東欧諸国との関係構築も苦労したと思いますが、ウクライナの改革の遅れは中・東欧諸国の比ではありませんでした。そんな中でウクライナとの関係構築のために日々対処を続けるEUの様子が私には非常に興味深く思えました。
東野:そもそもEUやNATOの東方拡大は、冷戦時代の境界線を払拭することが目的でした。ポーランドやハンガリー等の中・東欧諸国は、冷戦開始当初自らの意思に反して東側陣営に入れられてしまいました。自分たちの意思に反して、西側秩序から分断されてしまった中・東欧諸国が、なんとか「欧州に回帰」して、冷戦時の分断線を消そうというのが東方拡大だったんです。でもEUとウクライナの関係構築は長らく、境界線を消そうという発想からはほど遠かったのが現実です。むしろ境界線を保ちながらも、どうやって危なくなくお互い付き合っていくかという、東欧拡大とは全く異なる動機と必要性があってのものだったんです。
加藤:そう考えると、同じヨーロッパでありながら、ウクライナとEUの関係はあまりにも特異ですよね。
東野:だからこそ、間違いなくヨーロッパであるウクライナと、中・東欧諸国とのこの違いは何だろうと興味を持って研究を進めてみていくと、どの時代を切り取っても面白かったですね。

修士課程のテーマと現在の研究とのつながり

加藤:博士課程でのテーマが現在の先生の研究と繋がっているとのことでしたが、修士課程の研究テーマとは連続性があるのでしょうか?
東野:私の学部時代にマーストリヒト条約が策定、発効しました。ECがEUとなり、それによって外交や安全保障政策もEUの政策領域となりました。これまでの欧州統合が中心としていたた経済政策とは異なる柱として、共通外交安全保障政策をどう導入したのかを修士課程で研究していました。外交と安全保障をEUがどのように作っていくのかということに関心があったのだと思います。

先生がEUに関心を持った理由は?

加藤:そもそもの話にはなってしまうのですが…先生はどうしてEUに関心を持ったのですか?
東野:原体験として子供の頃、1980年代の半ばに親の仕事の関係で5年間イギリスに住んでいたのが大きかったと思います。ちょうど単一欧州議定書に基づく市場統合が進んでいる時期でした。ヨーロッパの様々な場所を旅行したのですが、欧州が非常に希望に満ちていた時期だったと思いますが、実際にフランスやスペインなどに旅行すると町も汚く浮浪者もまだ多くて、格差社会でしたね。住んでいたイギリスでも、学校の周りは治安が余り良くない地域でした。
東野:そのような感じで1980年代半ばのヨーロッパには様々な問題はあったものの、アイディアや構想の力で前に進もうとするダイナミズムがヨーロッパにはありました。そんなヨーロッパの様子に衝撃を覚えたのがEUに関心をもつようになったきっかけですね。

これまでの研究と今の研究の類似点と違い

加藤:先生が現在進行形で分析しているウクライナ戦争は、これまでの対外関係を見ていくという点ではこれまでの研究と共通していると思うのですが、戦争そのものを見るということは初めての試みなのでしょうか?
東野:そうですね。現在進行形の戦争を追いながら、どういう問題があって、外部は何ができるのかということをリアルタイムでやったことはなかったですね。これまで私がやってきた研究は事後的な検証が多かったです。
東野:今は、EUがこの戦争にどのように関与して、どのように影響力を与えようとしているのか、そしてこの悲惨な事態をどのように終わらせようとしているのかに大きな研究関心があります。そして今回のウクライナでの戦争の分析については、今までやってきたことが活きている部分と、全く活かせてない部分があります。なんといっても、私はEUの目線でウクライナを研究してきたのであり、ウクライナの目線に立った研究はほとんどしてきませんでした。しかし今はむしろ、ウクライナ側の声を日本に伝えることに重要な意義を感じています。
東野:改めてウクライナ人の立場から考えてみると、EU側が望んでいることとウクライナ側の望みにギャップがあることが良く見えてきました。その一つがやはり停戦を巡る問題ですね。
東野:ドイツやフランスからしてみれば一定の領土を妥協してでも戦争を終わらせてほしいという考えでした。しかし、ウクライナからしてみれば領土を妥協して戦争を辞める意思はないことが随所で伝わってきます。それは何らかの形で妥協してしまったら、そこを足掛かりに次々新たに土地を奪われてしまうことになるからなんです。
 東野:EUとウクライナの関係には長い経緯があったはずですが、このような事態になると危機に瀕している当事者と周りで見ている国では見えるものが全然違うのだなと改めて思いましたね。おそらくこれまで通りEUの目線からだけで分析をしていたら気づけなかったです。ウクライナの戦争を分析する中でこれまでの自分の研究を活かせるかの答え合わせの結果、「視点」は修正していかねばならないなとわかりました。

長期研究を行う上で先生にとって大切なこと

加藤:これからも長期スパンで研究していく中で、先生自身が行っていきたいことがあれば教えてください。
東野:現在は、ヨーロッパの安全保障秩序とは結局は何だったのだろうか、と再検討しています。
NATOとロシアの「平和のためのパートナーシップ」や、「NATO・ロシア基本議定書」、「ローマ議定書」のような形で友好のベースとなるような文書はこれまでに多く存在し、ロシア自身がそれに署名してきました。ロシアと欧米諸国は確実に一つの枠組みの中にいて、色んな取り決めも作ってきたと思うのですが、戦争が勃発して初めて、深刻な相互理解の欠如が明らかになりました。
東野:この戦争はいつか終わるでしょうが、現状変更勢力であるロシアと、どうやって一つの秩序のなかで共存していくのかという課題は極めて困難です。
東野:秩序を保つどころか戦争をさせないようにするにはどうしたらいいのかという大きな課題に直面した中、ヨーロッパにとどまらず、ユーラシアの国際関係について抜本的な見直しの必要性を感じています。
東野:本当に1から考え直さなくては行けなくて、たぶん私の定年までに答えが出ないとは思うんですけど、乗りかかった船なのでこの問題にきちんと向き合っていきたいなと考えていますね。
加藤:先生の研究、本当に応援しています。

先生にとって研究とは?

加藤:この質問は是非先生に聞いてみたいと思っていたのですが、先生にとって学問や研究というのはどういう営みなのでしょうか?個人的な思い入れなどもあれば是非教えてください。
東野:国際政治学者として日々起こっていることに敏感でありながら、ヨーロッパにおける平和秩序とはどんなものなのかを考える実証的なピースをかき集めたいんです。せめて血の流れない欧州秩序を作っていくにはどうすればいいのかを考えたいんです。
東野:総括的な大きな答えが出るとは思っていなくて、日々のピースを漏らすことなくかき集める作業をおそらく一生やっていくんだと思います。

国際公共政策学位プログラム在校生と進学を考えている人に向けて

加藤:国際公共政策学位プログラムの在校生や進学を考えている人たちに向けて一言お願いします。
東野:大学院での研究テーマを定めるのは難しいですよね。時には「これは流行る、ウケるテーマなのかな?」などと考えてしまうときもあるかと思います。でもやっぱり、自分の知りたいことに忠実になってほしいなと思います。修士博士問わず、「これをやらなきゃいけないから…」という理由でテーマを選んでいる人が多いと思うのですが、大げさに言うと欲望の赴くままにやっていただきたいですね。やりたいことを何よりも最優先にしてもらいたいなと思います。それがなければいいものは書けないので。
東野:まずは何がやりたいのかという、自分の内面の欲求に耳を傾けて、それに忠実であった方がいいんじゃないかなと思います。これ、当たり前のことのように聞こえるかもしれないんですけども、みんなクレバーで色々考えすぎちゃうから、自分の関心に忠実でそれを突き通すってやり方を忘れてしまいがちなのだと思います。
東野:国際公共政策学位プログラムには、色んな研究をやっている先生がいるので、人文や社会学系で進学を考えている人にとって、どの先生かには関心が当てはまるだろうと思いますね。そんな中で自分の興味関心を見つけるのも良いと思います。ありとあらゆる分野をカバーできているのがこのプログラムの強みですよね。
東野:色んな分野、色んな知識をもった教員とコミュニケーションをとって、話を聞けるというオープンなところも魅力ですよね。在校生や進学を考えている人達には是非その強みを活かしてほしいなと思います。
加藤:本日はありがとうございました。
東野:こちらこそです。ありがとうございました。